稲荷俥~桂米朝



儂は人間ではない、産湯稲荷の使いだ

稲荷車~桂米朝

明治の頃、高津神社の表は昼間は賑やかなところですが夜が更けると寂しいところ。ここに人力車が一台客待ちをしています。

夜の九時少し前、どんよりと曇って今にも雨が降りそうな空模様。
金縁の眼鏡をかけて茶色の中折れ帽子をかぶった立派な紳士がやってきます。

「産湯まで」と言いますが、俥屋は産湯の稲荷さんの辺りは狐が出て人を化かすので怖くて行けないと言います。

渋る俥屋に、二十銭でどうだと言い俥屋は承知して走り出します。

家はどこだ、家族は、と話をしながら何事もなく来ますが、産湯稲荷の森が見えてきたところで足が止まってしまいます。

客は「怖がるな。儂は人間ではない、産湯稲荷の使いだ」と言い出します。

それならば化かされることもないだろうと産湯稲荷の角まで来ますと、男は「産湯稲荷の使いから金をとるか」と聞き、俥屋は金はいらないどうぞご勘弁をと客を下ろします。

「近々いずれ福を授けてやる。正体を見たら眼がつぶれるぞ」と言われ、しばらく眼をつぶって家へ飛んで帰ります。

女房は「乗り逃げされたのだ」と怒って俥をしまいに行きますが、中にハンカチに包んだ百五十円の金を見つけます。

俥屋はお稲荷様の授かりものだ喜んで近所の人を呼んで大宴会を催します。

覚書

稲荷俥は明治期に作られ、金縁の眼鏡や中折れ帽子、ハンカチ、香水など明治の匂いのする噺です。

戦後演り手のなかったものを米朝が復活させて「数回しゃべっているうちに、すっかり好きになってしまった」と話しています。

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