紀州~三遊亭圓生・古今亭志ん生・桂右女助



テンカトル テンカトル

紀州~三遊亭圓生

七代将軍 徳川家継は五歳で即位し、その後わずか三年で七歳に満たずに急死。家継の死で家宣の血筋は途絶えてしまったため、御三家の中から次の将軍を決めることになります。

候補は尾張藩主 徳川継友、紀州藩主 徳川吉宗の二人。

幕閣を集めた評定の朝。継友が登城する途中、鍛冶屋の「トンテンカン」の音。継友の耳には「テンカトル テンカトル」と聞こえます。

小田原城主 大久保加賀守が継友に向かい「万民撫育の為、任官あってしかるべし」と言いますと、継友は周りの推挙で仕方なく引き受ける算段で「余はその徳薄くしてその任にあたわず」と一旦は断ります。

覚書

動物や周りの音を擬音化すると人や所によって違うのはよく知られていて、、英語圏では鶏は「コッカドゥードゥルドゥー」鼠は「スクィークスクィーク」蛙は「リビットリビット」というふうに鳴きます。

徳川継友は、当時大奥、幕閣、朝廷からも推されていましたが、大奥の実力者で継友との婚姻が決まっていた姪を持つ 天英院が継友ではなく吉宗を推挙したことが決め手となって、吉宗が八代将軍に決まります。

名古屋の発展に大きく寄与した継友ですが、藩の財政を建て直すために大規模なリストラを行ったために「性質短慮にして吝嗇」、「切干大根」などと言われて領民の評判は良くなかったと言われます。

紀州~古今亭志ん生

紀州~桂右女助

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