阿弥陀池~桂米朝・枝雀・ざこば【動画】
NEW!!『お笑い・漫才芸人列伝』
古今東西のお笑い・漫才芸人の貴重な映像・音声を集積。
明治から戦前のお笑いを支えた漫才、音曲の数々、70年代の演芸ブーム、80年代の漫才ブームから現在に至る数々の芸人を、映像と音声で紹介します。
明治・大正・昭和初期(エンタツ・アチャコ、ミスワカナ・玉松一郎、砂川捨丸・中村春代他)
昭和中期~後期(いとし・こいし、ダイマル・ラケット、やすし・きよし他 追加中)
平成~令和(鋭意準備中!)
桂米朝~阿弥陀池
隠居さんの家を訪ねた喜六、新聞を読めと言われますが喜六は親父が便所の壁が剥がれたときに貼ったものを毎日読んでいるなどと言っています。
では隠居は堀江の通称「阿弥陀池」と言われる和光寺の強盗事件を知っているかと尋ねますが、喜六は知るよしもありません。
和光寺は尼寺で強盗がここにピストルを持って押し入りますが、尼僧は胸をはだけて「過ぎし日露の戦いで、我が夫 山本大尉は心臓を撃ち抜かれて名誉の戦死を遂げられました。同じ死ぬなら夫と同じ所を撃たれて死にたい。さぁ、誤たずここを撃ちなさい」と強盗に言います。
これを聞いた強盗は三尺下がって平伏し「私はかつて山本大尉の部下で、山本大尉は命の恩人。その恩人の奥様にピストルを向けるとは・・・平に御免」と言うなり、ピストルを喉に当てて自殺しようとしますが、尼僧は賊を諭し「誰かが行けとそそのかしたのであろう。誰が行けと言うた」と聞きます。
強盗が答えていうのに「阿弥陀が行けと言いました」
一生懸命聞いてたのに仁輪加かいな、と呆れる喜六に隠居は、東の角の米屋の親父が殺されたというのを知ってるかと聞きます。
覚書
明治の上方落語家 桂文屋が作った噺で、東京へは昭和初期に昔々亭桃太郎が「新聞記事」の題に移しました。
東京では阿弥陀池の強盗の話は省かれ、米屋は天ぷら屋に変わります。
桂枝雀~阿弥陀池
桂ざこば~阿弥陀池
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