浄瑠璃息子(義太夫息子)~橘ノ圓都





お笑い・漫才芸人列伝NEW!!
古今東西のお笑い・漫才芸人の貴重な映像・音声を集積。
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浄瑠璃息子~橘ノ圓都

ある商家の倅 幸太郎は浄瑠璃狂いで、家業の仕事もせずに浄瑠璃に熱中しています。

上手いならともかく、幸太郎の浄瑠璃は「豚の喘息」のようで聞くに堪えない。

「こないだもな、『お父っつぁん、今晩浄瑠璃の会がおまんので聴きに来とくんなはれ』と、こぉ言ぃよったんじゃ…」

少しは上手いのだろと思って行ってみたが、「壺坂霊験記」の『三つ違いの兄さんと』のくだりでは『四つ違いの兄さんと』と間違う始末。

下手な浄瑠璃には、昔から「もぉえぇ」とか「もぉ置け、入れ」などと言って冷やかすのを「槍入れる」と言うが、

「あの人は家主の息子なので、槍入れたことを言い付けられると困る。災難と思って、腹へ涙をのんで聴こう」などと、近くの人が言っているのを聞いた主人はいたたまれない思い。

主人は、家人に「今日は倅が帰ってきても家へ入れるな」と言いつけます。

覚書

明治期の落語家 桂文屋の作。『いらち俥(反対俥)』『阿弥陀池(新聞記事)』などもこの人の作と言われています。

東京では八代目 桂文治が手がけていました。

「無闇に骨が折れて、演るのがまことに苦しいて、お客さん方のほうにちょっとも喜んでもらわんという噺がございます。この「浄瑠璃息子」というのがその方でございます。」

「わたくしがお隠れになったら、この噺もお隠れになってしまいます。まことに影の薄い噺でございます」

というマクラの通り、圓都を最後に消滅してしまいました。

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