赤いへや(江戸川乱歩・赤い部屋)~柳家喬太郎



赤いへや~柳家喬太郎

金に不自由せず、さまざまな道楽にも飽きてしまった男たちが、赤い毛氈を敷き詰めた真っ赤な部屋「赤い部屋」に集まっています。

ここに呼ばれて入って来た落語家は「あくび指南」を一席やり、まぁ一杯と勧められます。

落語家は、自分も退屈をしていて「旦那方に本当に聞いてもらいたいのは、この話だ」と語りだします。

自分は食うには困らない身分で退屈しのぎに噺家になった。最初はおもしろかったが真打ちになった頃から飽きてきて、何か退屈しのぎはないかと思っていたところ、こんな体験をした。

ある夜、一杯飲んで歩いていると、タクシーの運転手が「浮浪者の老人を引っかけてしまった。どこか医者を知らないか」と聞いてきたので近所の医者を紹介した。

しかし、翌日、紹介した医者は町内でも有名なヤブ医者で、すぐ近くによい外科医があったのに、と思い出します。

まもなく浮浪者の死を知り、外科医の方を紹介していれば死ななくて済んだ。運転手は罪を問われるだろうし、医師にも嫌疑がかかるかもしれない。しかしヤブ医を紹介した自分が罪に問われることは絶対にない。

偶然だったが背筋がゾクゾクッとして、それから「プロバビリティ(確率)の殺人」に病みつきになった。

たとえば、線路を渡ろうとしているお婆さんを、「あぶない!」と、声をかけることによって、躊躇させ、そのために電車に轢かれて死ぬ。

声をかけなければ渡りきれた。声をかけたためにお婆さんは死んだ。しかし、私は「あぶないよ」という声をかけただけで何の罪にも問われない。

友人と海水浴に行き、波の下に岩があるのを知りながらそこに飛び込むように仕向けたり、子供に避雷針に小便をかけさせて感電死させたりと完全犯罪で99人まで殺したが、それにも飽きてしまった。と話します。

覚書

江戸川乱歩の『赤い部屋』を落語に仕上げた作品です。

鬼の背参り」もよかったですが、柳家喬太郎はこういう、少しおどろおどろしい噺がより向いているように思います。

累ヶ淵あたり挑戦してもらえないかなぁ。

とにかく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

という男。

さまざまな完全殺人について話したあと、玩具のピストルで給仕の女を脅かし、お返しだと言う給仕に撃たれて倒れます。

原作では、男が撃たれて血を流して倒れているのを見て、同席の男たちは、

「意外な出来事に相違ない。併し、よく考えて見ると、これは最初からちゃんと、Tの今夜のプログラムに書いてあった事柄なのではあるまいか。彼は九十九人までは他人を殺したけれど、最後の百人目だけは自分自身の為に残して置いたのではないだろうか。そして、そういうことには最もふさわしいこの『赤い部屋』を、最後の死に場所に選んだのではあるまいか、これは、この男の奇怪極る性質を考え合せると、まんざら見当はずれの想像でもないのだ。そうだ。あの、ピストルを玩具だと信じさせて置いて、給仕女に発砲させた技巧などは、他の殺人の場合と共通の、彼独特のやり方ではないか。こうして置けば、下手人の給仕女は少しも罰せられる心配はない。そこには私達六人もの証人があるのだ、つまり、Tは彼が他人に対してやったと同じ方法を、加害者は少しも罪にならぬ方法を、彼自身に応用したものではないか」

と、それぞれに思いをめぐらせます。

そして最後のどんでん返し。

男は「クククッ」と笑って立ち上がり、泣いていた給仕も身体をくの字にして、笑いこけます。

「これはね」やがてT氏は、あっけにとられた私達の前に、一つの小さな円筒形のものを、掌にのせてさし出しながら説明した。「牛の膀胱ぼうこうで作った弾丸たまなのですよ。中に赤インキが一杯入れてあって、命中すれば、それが流れ出す仕掛けです。それからね。この弾丸が偽物だったと同じ様に、さっきからの私の身の上話というものはね、始めから了いまで、みんな作りごとなんですよ。でも、私はこれで、仲々お芝居はうまいものでしょう……。さて、退屈屋の皆さん。こんなことでは、皆さんが始終お求めなすっている、あの刺戟とやらにはなりませんでしょうかしら……」

給仕が灯をつけ、明々とした部屋は、

忽ちにして、部屋の中に漂っていた、あの夢幻的な空気を一掃してしまった。そこには、曝露ばくろされた手品の種が、醜いむくろを曝していた。緋色の垂絹にしろ、緋色の絨氈にしろ、同じ卓子掛テーブルかけや肘掛椅子、はては、あのよしありげな銀の燭台までが、何とみすぼらしく見えたことよ。「赤い部屋」の中には、どこの隅を探して見ても、最早や、夢も幻も、影さえ止とどめていないのだった。

すべてが醒めていく様子を描写して終わります。
いやはや、さすがは江戸川乱歩。本当によくできてますよね。

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