電報違い~三遊亭円歌(二代・三代)






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電報違い~三遊亭円歌(二代目)

東京・日本橋石町(現・本石町)の植木屋 信太(シンタ)は、出入の生薬屋(きぐすりや)の旦那に誘われて伊勢詣りに同道します。帰途の名古屋で、列車へ飛び込み心中をしようとしている若い男女を見つけて、必死でなだめて宿へ伴います。

旦那と信太は今夜8時15分発の汽車で帰る予定にしていましたが、心中者を放っておけないと、もう一泊して様子を見ることにします。旦那は、家の者が心配するといけないから、明朝には帰れないと電報を打って来てくれと信太に頼みます。

郵便局に着いた信太は「11日に東京を立ってな、途中の横浜と清水で途中下車して遊郭へ繰り込み、芸者を揚げて・・」と旅の始めから話しだし、周りの局員や内にいた他の客も集まってくる。局員は「何でもありませんから」と鎮めて、「心中者に出くわして、今夜の列車に乗れなくなったのでその連絡の電報を打ちに来た」とやっと話が終わります。

字が書けない信太に変わって、宛先の住所と名前を聞き「日本橋石町 生薬屋」。発信人は?と聞かれますがいつも旦那としか呼ばないのでわからない。「“旦那”と書いて下さい」。

局員が書いた電文を読むと、「アスアサカエレヌダンナ」。「俺の名前も書け。信太だ」と局員に言い、できた電文は、「アスアサカエレヌダンナシンタ」。ウナ電(緊急電報)にするには持ち金が足らず、翌日扱いにしてもらって宿へ帰ります。

宿では心中者の事情を聞いた旦那が「男のほうは品川の本法寺というお寺の息子、娘さんは医者の娘で、明日、私が品川へ行って話をしてくることにした」と言います。そこへ宿の主人が飛び込んできて「あの8時15分の汽車に乗らないでようございました。貨物列車と衝突して乗客は全員即死だ」という。

旦那は「こっちが救ったんじゃない、こっちが救われたんだ。」とその夜は厄払いだと泊まり客全員に大盤振る舞いをして休みます。さて、翌日。石町の店では丁稚が駅まで旦那を迎えに行っていましたが、「なんだか列車が衝突したそうで」と手ぶらで帰ってくる。新聞の号外が配られ、まさに旦那が乗ると言っていた8時15分名古屋発の汽車がこの事故に遭っている。

そこへ電報が届けられ、「アスアサカエレヌダンナシンタ」「明日朝帰れぬ 旦那死んだ」店は大騒ぎになります。

覚書

初代三遊亭圓歌の作で、電報が開始(明治二十三年(1890年))されて普及しはじめた大正期に、「大きな事故」「生薬屋」「伊勢詣り」の三題から即興で作られた三題噺です。

佃祭」とモチーフは同じながら非常によくできた噺で、初代から二代目円歌、三代目園歌、三代目園歌の弟子で元関取の三遊亭武蔵へと引き継がれて現在も高座にかけられます。

ちなみに「ウナ電」は、英語の”urgent”(至急)のモールス信号「ur」が、和文モールス信号で「ウナ」になることから、緊急電報のことを「ウナ電」と言っていました。

電報違い 三遊亭圓歌(三代目)

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三遊亭円歌
二代目/CD

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