権助提灯~立川談志・三遊亭圓遊






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悋気のないのも考えもの

権助提灯~立川談志

ある商家の旦那、妾を囲うことになったと妻に言いますと妻は快く承知します。

ある夜、妻が「うちは大勢いますから心配ないが、今日は風が強いから向こうへ行ってお泊りになってはいかがでしょうか」と妾の家に行くように勧めます。

旦那は「お前がそう言ってくれるのなら」と支度を始めますが夜は不用心、誰か提灯を持ってもらって足元を照らしてもらわないといけない。

店の奉公人はもう寝所に入っており伴がおりません。仕方なく飯炊きの権助を伴に出かけます。

妾の家に着きますと「本当にありがたいが、そのまま受けてしまったらあまりにも甘えて物の解らない女になる、どうぞ奥様のところに」と家に入れません。

それももっともだと旦那、来た道をまた引き返します。

覚書

悋気の噺が多い中、めずらしく物のわかった妻と妾。しかしそれがアダになります。

妾は奈良時代から子孫繁栄のために認められていた制度でした。江戸時代では子が絶えると家名断絶、領地もお取り上げとなり、医学も現在のように発達していなかったために流行り病などでせっかく授かった子供が亡くなることも多く、大名は必死で子を作る必要がありました。

明治の世まで正式に妾という戸籍があり、明治15年に妾が非公認に、明治31年(1898年)にようやく妾という存在自体が否定されました。

とは言いながら明治天皇には5人の側室、伊藤博文、犬養毅、原敬などの政治家、森鴎外、5代目尾上菊五郎などの著名人、昭和に入って田中角栄なども妾を持っていたことが知られていますし、もっと下れば現在でも愛人バンクだ援助交際だと形は変われど実態は続いていますよね。

権助提灯~三遊亭圓遊

落語 権助提灯 ディスコグラフィ

桂文我(Audible) 柳家花緑(Audible)

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