雉子政談(小泉八雲・雉子のはなし)~柳家喬太郎



雉子政談~柳家喬太郎

里山に住む夫婦、亭主は畑仕事、女房は機(はた)を織って、おだやかに暮らしています。

ある晩、女房の夢の中に「おい、お光ッ」と三年前に亡くなった亭主の父親が現れ、「私は近々、恐ろしい目に遭う。その時、助けてくれ。頼んだよ、お光」と言って消えます。

不思議なこともあるものと亭主にもこの話をしていましたが、お光が機を織っていると、遠くからケーンと、雉子の鳴く声。

雉は家の中に入ってくると、お光の前で止まります。お光は雉の右の目がつぶれているのを見て、「お父っつあんだ。お父っつあんじゃないの」と問いかけ、雉は鳴いて答えます。

そこへ狩人たちが「雉子は茂十の家に入ったようだ」と言いながらやってきたので、お光は、雉子を空の米櫃の中に隠してやりすごします。

夕暮れになり、亭主が帰って来ると、お光は「夢の話は本当だった。本当にお父っつあんが来たんですよ」と米櫃から雉子を出して亭主に見せます。

亭主は「確かに右の目がつぶれている。お父っつあんか?」と雉に聞き、雉が「キュッ、キュッ」と鳴いて答えます。

亭主は、親父は「このまま野に放てば、また猟師に撃たれる。雉子になったんなら、伜夫婦に食われたいか」と雉子の首をねじって殺してしまいます。

お光は驚き悲しんで、土地の地頭の所へ泣きながら駆け込みます。

覚書

小泉八雲の怪談をもとに柳家喬太郎が一席に仕上げた新作です。

以下は小泉八雲のもので、ストーリーはほぼ踏襲されていますが、亭主が実は霞の清兵衛という大悪党で、打首になり首が飛んで石にかじりつく展開が加えられています。

この展開は、同じく小泉八雲の怪談「かけひき」に出てくるもので、怨みの一念を石に向けることで、その後祟りなどがなかったという民話です。

雉子(きじ)のはなし・小泉八雲

尾州の国、遠山の里のお話でございます。その山深い村に百姓夫婦が暮らしていました。妻は、ある夜、亡き舅(しゅうと)の夢を見ます。夢枕に立った舅は嫁に語りかけてきます。「明日、わしは危険な事態に追い込まれる、助けておくれ」。

 翌朝、夫は畑仕事に出かけます。家の外では、地頭の一行が狩りをしていました。農家に逃げ込んできたのが、一羽の雉子でした。嫁は、昨夜の夢を思い出し、雉子を米びつの中に隠します。雉子は暴れず大人しく従います。

 そこに多数の従者たちが乱入してきます。「この家の中に雉子が逃げ込んだのは見ている。家の中を検(あらた)めさせてもらおう」、家中を調べ尽くしましたが、雉子は見つかりませんでした。まさか米びつの中に隠しているとは思いつかなかったのです。従者たちは帰っていきます・・・。

 夕方に夫が帰ってくると、妻は朝方の出来事を話します。雉子をまだ逃がしていませんでした。夫は喜び勇んで、「右目が潰れていて、これはおとうに間違いがない。それは、おとうが他人ではなく、わしに食ってもらいたくて逃げ込んで来たんだ」と言い、雉子の首をひねった。

 怒った妻は、泣きながら町の地頭に訴え出ます。地頭は、雉子を殺した男を捕らえ「余程の悪人で無ければ出来ないこと。この村の人間は善良な人間ばかりで、邪悪な人間をこの村に置くことは出来ない。村に立ち戻ったら死刑だ」と所払いとし、妻には新田と後に新たな夫を与えた。

かけひき(Diplomacy) 小泉八雲

 屋敷の庭で、手討ちを執り行うとの命があった。そこで男は、庭へと引っ立てられた。こんにちでも日本庭園で見かけられる、飛び石や敷石が並ぶ、広い砂州に、男は座らされ、両手は後ろ手に縛られた。家来たちが、水の入った桶と、小石の詰った俵を運んだ。そして、座らされた男の周りにその俵を敷き詰めて、男が動けないようにした。主人がやって来て、手筈を見回したが、滞りなく行われていたので、これといって注文をつけることもなかった。

 突然、打ち首されることとなった男が、主人に向って叫んだ。

「御主人様、このお沙汰は間違っております。わたしは、この罪をわざとしたのではありません。この過ちを犯したのは、ただ、わたしが大変な愚か者であったというだけなのです。愚か者として生まれたのが、私の業であるならば、わたしは過ちを犯さずにはいられなかったということなのです。しかし、愚かだからといって、人を殺すのは間違っているのです。・・・その間違いには、報いがあります。御主人様がわたしをどうしても殺すというならば、わたしも必ず、復讐いたします。御主人様が、怨みを買うようなことをなされるので、復讐されるのです。悪は悪によって報いられるのです」

 強い恨みを抱いて殺された者は、怨霊となり殺した者に復讐することができる。侍はこのことを知っていた。彼はとても穏かに、・・・まるで慈しむかのように言った。

「死んでから、お前の気のすむよう、いくらでも儂たちを脅かすがよい。 だが、お前が本気で言っているとは信じがたい。お前の恨みが、どれほどのものなのか、首が刎ねられたときに、証拠を見せられるか?」

「必ずお見せしましょう」男が答えた。

「それはよい」侍はそう言うと、長い刀を抜いて、「さあ、首を斬るぞ。お前の目の前には、踏み石があるな。首が斬られたら、その踏み石に噛み付いてみよ。もしそれをやり遂げる程、お前の怨念が強いのならば、儂たちの中にも、恐れる者がいるかもしれぬぞ・・・どうだ石に噛み付いてみるか」

「噛み付いてみせますとも」男は怒りに震えて叫んだ。「噛み付いてみせますとも、噛み付いて・・・」

 刀がキラリと光って、ズバリと振り落とされると、ドスッという音がした。縛られた身体は、俵にうっつぶし。・・・斬られた首からは、血しぶきが二本、噴出していた。・・・頭は砂州の上に転がり落ちた。そして、ごろごろと、踏み石へと向って転がって行くと、突然跳ね上がり、石の上端に噛みついた。そして一時は、必死の形相でそれに固着していたが、力も失せて下に落ちた。

 誰も何も言わなかったが、家来たちは、恐怖に震えて、主人を凝視した。しかし、主人は我関せずというようであった。彼は、そばにいた家来に、刀を渡しただけであった。その家来は柄杓で、柄から切っ先まで、水をそそぐと、何枚か重ねた柔らかい紙で、慎重に、数回刀を拭った。・・・こうして手討ちの儀は終わった。

 それから数ヶ月の間、家臣と奉公人たちは、絶えず、怨霊が現われるのではないかと恐れて暮していた。「復讐する」という、あの男の誓いを、疑う者はなかった。そして、不断の恐怖心は、見えぬもの、聞こえぬものを出現させた。彼らは、竹林を吹き抜ける風の音に怯え、・・・庭を揺れ動く影にさえ怯えた。ついに、一同は相談して、執念深い怨霊のために、施餓鬼供養(せがきくよう)を執り行ってもらおうと、主人に願い出ることにした。

「そんなことはせずともよい」重臣たちが皆の希望を伝えると、侍が言った。「死に行く者の復讐心が、恐怖をもたらすことは、儂も承知しておる。しかし、今回は、恐れることは何もないのだ」

 家臣は、主人をまじまじと見つめたが、その、驚くべき自信の根拠について、尋ねるのはさすがに憚られた。

「理由は簡単だ」家来の無言の問いを察して、侍が言った。「あやつの、最期の怨念は、危険なものであった。そこで、儂は、証拠を見せるようにと迫って、その復讐心をそらしたのだ。あやつは、飛び石をかじることだけを思って死んだ。そして、その目的は成し遂げられた。それで仕舞いだ。あやつは、他のことは、すべて忘れてしまったに違いない。・・・だから、おまえたちは、この件に関して、なんの心配もいらぬのだ」

 実際に、この死んだ男は、もはや、どんな危害ももたらさなかった。何も起こらなかったのだ。

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