『お笑い・漫才芸人列伝』
古今東西のお笑い・漫才芸人の貴重な映像・音声を集積。
明治・大正・昭和・平成・令和の数々の芸人を、映像と音声で紹介します。
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重陽~柳家喬太郎
戦国の頃、播磨の国に赤穴宗右衛門(あかなそうえもん)という武士がいました。宗右衛門は義弟、丈部左門(はせべさもん)に「自分の故郷の出雲の国で、自分が仕えていた殿が倒され、国も荒れていると聞いた。しばらく国に行き様子を見て来る。秋の重陽の節句(9月9日)には必ず帰ってくる」と約束して出立します。
日が過ぎ、重陽の節句を迎えましたが、宗右衛門は帰って来ない。夜になり、左門は、兄上はどうされたかと心配で表に出ると、遠くに月明かりの中に人影が見える。フラフラと空を飛ぶように近づいてくる人影はまぎれもなく宗右衛門。左門は宗右衛門を家に招き入れ「出雲に変わりはありませんでしたか」と聞きます。
宗右衛門は「景色は変わらないが人の心は変わってしまった。皆、先君の恩を忘れて新たな領主に取り入っている。親類の者から新たな領主に仕えるよう勧められたが自分は断った。すると囚われて城の牢に入れられてしまい、どう頼んでも出してもらえず日が経ち、今日まで囚われていた」と話します。
「出雲から播磨までは百里の道。今日戻れるわけはない」と左門が訝ると、宗右衛門は「生身の人はすぐには帰れぬが魂ならば一日で千里を行ける。幸い刀はあったのでな」と言います。自分との約束を守るために自害し、魂となって帰ってきたと知った左門は、怒り心頭。出雲へと向かいます。
覚書
元話は、雨月物語の『菊花の約』をもとに、小泉八雲が書いた『守られた約束』です。原作では、出雲に向かった左門は宗右衛門を幽閉した親類を切り捨て、新領主は、その勇気と友情を賞して追手を差し向けなかった。と結ばれます。
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柳家喬太郎/重陽
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小泉八雲・守られた約束
「初秋の頃には帰るだろう」赤穴宗右衛門が言ったのは何百年か前──義弟の丈部左門へさよならを告げた時である。時は春、所は播磨国の加古村。出雲の侍である赤穴は、生まれ故郷への里帰りを望んでいた。
丈部が言った──
「あなたの出雲──八雲立つ国──は 、かなり遠方です。ですから特定の日を選んでここへ帰る約束はきっと難しいでしょう。けれど我々にその特別な日が分かるなら嬉しく思います。それなら歓迎のご馳走の準備と、門口でお出迎えが出来ます。」
「ああ、そうだな」赤穴が返す。「わしは旅にはよくよく慣れたものゆえ、その場に着く迄どれだけかかるか普通に話せるが、ここでの特別な日を確実に約束できる。我々が重陽の節句と呼ぶ日だろう。」
「それは九月の九日ですね、」と丈部は言い──「その頃には菊の花が咲きます、一緒に見に行けますね。どんなに楽しいことでしょう……九月九日にお帰りになる、確かな約束ですか。」
「九月九日に、」赤穴は繰り返し、笑顔で別れの挨拶をした。それから播磨国の加古村から元気に歩き去った──丈部左門と丈部の母は目に涙を浮かべて見送った。
「日も月も」日本の古い諺は言う。「決して旅を休むこと無し。」瞬く間に月は流れ秋が来た──菊の花の季節である。そして九月九日の朝早く、丈部は義兄弟の歓迎の仕度をした。立派な材料でご馳走を作り、酒を買い、客間を飾り付け、二色の菊の花で床の間の花瓶を満たした。そんな彼を見て母は言った──「出雲国は、せがれや、この地から百里以上もあって、そこから山を越える旅は難儀で疲れますから、赤穴が今日帰るとはあてにできませんよ。この骨折りは仕上げてしまわずに、お帰りを待ってからにしませんか。」「いいえ母上」丈部が返す──「赤穴は今日ここでと約束したのですから、約束を破れません。それにもし到着の後で用意を始めるのが見えたら、言葉を疑ったと知られて恥をかきます。」
その日は雲ひとつ無い素晴らしい天気で、空気は澄み渡り、世界は平素より千里も広がって見えた。朝の内に多くの旅人が村を通り過ぎた──その内の侍がやって来るのを丈部は注目し、それぞれ一度ならず赤穴が近づいて来る想像をした。しかし寺の鐘が正午を鳴らしても赤穴の姿は無い。午後の間も丈部は観察し続け、虚しく待った。日が落ちてもまだ赤穴の気配は無い。それでも丈部は木戸に留まり道を注視し続けた。後から母がやって来て言った──「人の心とは、せがれや──諺が言うように──秋の空のように変わりやすいものです。けれどあなたの菊の花は、明日になっても新鮮なままでしょう。今は眠った方が良い、望むなら、朝からまた赤穴を待てるでしょう。」「母上は休んで下さい」丈部が返す──「けれどお帰りになると、まだ信じています。」それから母は自室へ行き、丈部はいつまでも木戸に残っていた。
その夜は昼間のように澄み渡り、空には満天の星が瞬き、白い天の川は常ならぬ輝きを揺らめかせていた。村は眠っていた──静寂を破るのは小川の微かなせせらぎと、遠くから聞こえる農家の犬の遠吠えだけであった。丈部はまだ待っていた──細長い月がほど近い丘の向こうへ沈むまで待った。しまいには不安になり疑い始めた。ちょうど家へ入り直そうとした頃、遠方から背の高い男が近づいて来るのを認めた──とても静かで素早く、そして次の瞬間はっきり赤穴と分かった。
「おお」丈部は叫び、出迎えのために跳び出した──「朝から今までずっと待っていました……やはり、この通り本当に約束は守るのですね……けれどお疲れのはずです、お気の毒に兄上──お入り下さい──何もかも用意はできています。」赤穴を客間の上座へと案内し、低く燃えていた灯りを急いで整えた。「母上は」丈部は続けた。「今夜は少し疲れを感じて既に寝床へ入っていますが、すぐに起こして参ります。」赤穴は首を振り小さく制止の身振りをした。「分かりました兄上」丈部は言い、暖かい食べ物と酒を旅人の前へ置いた。赤穴は食べ物や酒に手を付けず、少しの間動きを止めて沈黙した。それから囁き声で話し──母が起きるのを気遣うかのように言った──
「さて、何が有ってこのように遅れて帰ったのか話さねばならん。わしが出雲に帰ってみれば、先の領主の立派な塩冶候のご恩を忘れた人々は、富田城を占拠する略奪者、経久に気に入られるよう努めていると分かった。だが経久の配下へくだるのを受け入れて家臣のように城下の土地で暮らす、従兄弟の赤穴丹治を訪ねる必要がわしには有った。経久の前へ自分を土産とするように説得されて、専ら顔も見たことの無い新しい領主を見極めるために従った。度胸溢れる熟練の兵士ではあったが狡猾で残忍でもあった。それを見抜いたからには臣下へ加われないと知らせる必要が有った。対面から去るわしを従兄弟に引き止めさせる命令が下った──屋敷から出られぬまま拘束するためだ。わしは九月九日に播磨へ帰る約束が有ると断言したが、出立の許可は拒否された。それから夜に紛れて抜け出す望みを抱いたが、四六時中見張られていて今日まで約束を果たす方法を見付けられなかった……」
「今日までですって」当惑した丈部が叫んだ──「城はここから百里以上ありますよ。」
「左様、」赤穴が返す。「生者の足では一日に百里の旅はできん。しかし約束を守らねば、お主はわしを良く思ってはくれまいと感じ、そして魂よく一日に千里を行く〔人の魂は一日に千里の旅ができる 。〕という古い諺を思い出した。幸い刀の所持は許されていた──こうしてお主の元へ来られたのだ……母上を大切にしてくれ。」
この言葉と共に立ち上がり、その瞬間に姿が消えた。
そうして丈部は、約束を果たすために赤穴は自害したのだと知った。
夜が明けるとすぐ、丈部左門は出雲国の富田城を目指して出発した。松江に着き、そこで九月九日の夜、城下の土地に在る赤穴丹治の屋敷で赤穴宗右衛門が腹切りを実行したと聞かされた。丈部は赤穴丹治の屋敷へ行き、家族の目の前で赤穴丹治の裏切り行為を非難して殺害し、無傷で逃走した。そして話を聞いた経久候は、丈部を追ってはならぬと命令を出した。自身は不道徳で冷酷な男であったが、経久候は他人の真実の愛を尊重し、丈部左門の友情と勇気に感服できたからである。
「日本雑記」より