西行~三遊亭円歌・柳亭痴楽・三遊亭楽太郎【動画】





お笑い・漫才芸人列伝NEW!!
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明治・大正・昭和・平成・令和の数々の芸人を、映像と音声で紹介します。



西行~三遊亭円歌(ニ代目)

歌人としても名高い西行法師が佐藤兵衛尉憲清という、禁裏警護の武士だった頃。
絶世の美女、染殿の内侍が菜の花畑に蝶が舞っているのを見ているのを、染殿の内侍に袖された恨みで内侍に恥をかかせようと企んだ萩大納言が、

「蝶なれば二つか四つも舞うべきに 一つ舞うとはこれは半なり」

と丁半博打にかけた句を詠み、丁半博打など知るよしもない内侍が理解できずに顔を赤らめてうつむいているを見かねた憲清が、

「一羽にて千鳥といへる名もあれば 一つ舞うとも蝶は蝶なり」

と返歌して助け、これがきっかけで憲清は染殿の内侍に恋わずらいをします。

憲清の片思いを知った染殿の内侍、「この世にては逢はず、あの世にても逢はず、三世過ぎて後、天に花咲き、地に実り、人間絶えし後、西方弥陀の浄土で我を待つべし、あなかしこ」という隠し文を憲清に届けます。

「この世にては逢わず」というから、今夜は逢えない、
「あの世は明の夜」 は明日の晩も逢えない。
「三世過ぎて 後天に花咲き地に実り 人間絶えし後」 は四日目、星が出て草木に露が降りる深夜の丑三ツ時。
「西方浄土」は、西の方角にある阿弥陀堂と読み解きます。

覚書

上記のあたりで切ってしまうことが多いのですが、
内侍との逢瀬の際に憲清はうたた寝をしてしまい、現れた内侍が怒って

「我なれば鶏鳴くまでも待つべきに 思はねばこそまどろみにけり」

と詠んで帰ろうとした途端に憲清が目を覚まして、

「宵は待ち 夜中は恨み暁は 夢にや見んとしばしまどろむ」

と返して内侍の機嫌が直り、夜明けまで過ごして翌朝。
憲清が、「またの逢瀬は」と尋ねると、内侍は「阿漕(あこぎ)であろう」と袖を払って帰ります。

憲清は阿漕の意味がわからず、歌の言葉がわからないとは情けないと一念発起して、武家を捨てて歌の修行の旅に出ます。

伊勢の国。木陰で休んでいると、馬子が馬に向かって「前宿でさんざん食らいやがって、本当にワレがような阿漕な奴はねえぞ」と怒っているのを聞ききつけ、馬子に阿漕の意味を尋ねます。

馬子は「この馬が、前の宿揚で豆を食べておきながら、まだ二宿も行かねえのにまた食いたがるだのだ」と答えたのを聞いた西行、「二度目の時が阿漕かしらん」とつぶやいてサゲになります。

豆=女をかけた艶笑オチですね。

ちなみに内侍の言った「阿漕」は、古今六帖の古歌の
「伊勢の海 阿漕が浦にひく網も 度重なれば人もこそ知れ」
で、何度も逢うと人に知れてしまうから、と断ったのでした。

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