蔵前駕籠~古今亭志ん朝・三遊亭金馬・立川談志・五街道雲助





お笑い・漫才芸人列伝NEW!!
古今東西のお笑い・漫才芸人の貴重な映像・音声を集積。
明治から戦前のお笑いを支えた漫才、音曲の数々、70年代の演芸ブーム、80年代の漫才ブームから現在に至る数々の芸人を、映像と音声で紹介します。



明治・大正・昭和初期(エンタツ・アチャコ、ミスワカナ・玉松一郎、砂川捨丸・中村春代他)
昭和中期~後期(いとし・こいし、ダイマル・ラケット、やすし・きよし他 追加中)
平成~令和(鋭意準備中!)


身ぐるみ脱いで置いていけ

蔵前駕籠~古今亭志ん朝


尊皇攘夷を掲げた浪士が勤王と佐幕に分かれて街にあふれていた頃。
夕刻から駕籠で吉原へ行く上客を狙い、浪士たちが徒党を組んで蔵前通りのあちこちで追い剥ぎが横行します。

「我々は徳川方に味方する浪士の一隊。軍用金に事欠いておる」と金はもちろん身ぐるみ剥いでしまうというので駕籠屋も信用に関わると暮六つの鐘を合図に吉原へは出さないことにします。

ある商家の旦那、吉原の花魁から今夜来てほしいと手紙をもらい、駕籠賃は倍払う、十分な酒手もはずむ、追い剥ぎが出たら逃げてくれてよいと頼んで蔵前通りを北へと向かいます。

覚書

マクラにもありますが、蔵前茅町の江戸勘、日本橋本町の赤岩、芝神明の初音屋を、江戸三駕籠屋と言って格式の高い宿駕籠でした。
辻駕籠と比べれば料金も格段に高く、吉原や品川へ行く時にこの提灯をつけた駕籠に乗っていくとたいそう評判が上がったと言います。

上方では「そってん芝居」という芝居噺で演じられていましたが長らく演じ手がおらず、米朝が復活させて桂吉朝がよく演じていました。

蔵前駕籠~三遊亭金馬

蔵前駕籠~立川談志

蔵前駕籠~五街道雲助


雲助の叔父さんというのが吉原大門口近くの天麩羅屋「伊勢屋」のご主人で「吉原の人力車の車夫はガタイの良い刺青をした威勢のいいのが多かった」と話されていたそうです。

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