船徳~桂文楽・柳屋小さん・古今亭志ん朝・柳家小三治・金原亭馬生【動画】



桂文楽(八代目)~船徳【動画】

遊びが過ぎて勘当になった若旦那 徳三郎。船宿の二階で居候をしていましたが、居心地が悪く、船頭になると言い出します。

念願叶って船頭になった徳三郎、四万六千日様で浅草寺詣りのお客を乗せます。

漕ぎ出して大川(隅田川)に出ますが、なかなか進みません。
岸に寄っていき、こうもり傘を持ったお客に岸を突いてもらいますが、傘が挟まって抜けなくなってしまう、船は大揺れで煙草盆を寄せて火をつけることもままならない。

あげくに体力を使い果たしてこれ以上は進めない、降りて歩いて行ってください。。


覚書

黒紋町の師匠、いい味出してます。貴重な映像です。

近松門左衛門の「曽根崎心中」、大坂は堂島新地天満屋の遊女「お初」と本町の醤油平野屋の手代徳兵衛が「天神の森」(お初天神として親しまれている露天神社の裏手)で心中をするという話で、浄瑠璃や歌舞伎で大人気となり、実際に心中が流行ったために上演が禁止されたといいますから、その人気ぶりが伺えます。

このお初徳兵衛の名前を借りて、初代の古今亭志ん生が「お初徳兵衛浮名桟橋」という人情噺を作り上げました。

半月の興行の間、この噺を続き続きで演っていたと言いますから、たいへんに長い噺だったのでしょう。

この「お初徳兵衛浮名桟橋」の徳兵衛が船頭の修行を始めた頃の話をふくらませて初代(実は三代目らしいですが)の三遊亭圓遊が改変したものが「船徳」です。

浮名桟橋の徳兵衛は本気で三年間船頭の修行をしてお初と出会いますが、
「船徳」の徳兵衛は落語の若旦那らしく、船頭でもやってみようかくらいのいい加減な人物として描かれます。

人情噺を滑稽噺に変えてしまったと、当時は非難する人もいたようですが、
「お初徳兵衛浮名桟橋」が消えてしまい、「船徳」が語り継がれている現状をみると、世間は「こちらのほうがおもしろい」という評価をしたということなんでしょうね。

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