擬宝珠~柳家喬太郎



浅草寺の擬宝珠を舐めたい

擬宝珠~柳家喬太郎

さるお店の若旦那が寝込んでしまい、医者も原因がわからない。これは気の病いだろうと言いますので親や店の者よりも幼馴染の熊さんのほうがいいだろうと来てもらいます。

熊さん、女だったら「崇徳院」、若旦那だから「幾代餅」、いやみかんが食べたいんだろう。

ようよう聞き出してみると「擬宝珠が舐めたい」。お寺の屋根や橋の欄干の上にある丸いカネで頭がとんがっているやつ。

子どもの時から金物を舐めるのが好きでたまらない。近くの擬宝珠は舐め飽きたので、浅草寺の五重塔の一番上に付いている擬宝珠を舐めたいがあれだけは夜に行っても舐められない。舐められないなら死んでしまう。と言います。

覚書

喬太郎が初代の三遊亭圓遊作のこの噺を復活させたもので、大変におもしろい。ぜひ他の噺家でも聴き比べたい噺です。

鋼や真鍮は、時間の経過とともに緑青という青い錆が浮いてきます。

看板建築という、関東大震災後のあとに流行った商店の建物があり、道に面した建物の前面をまっすぐな壁にした二階建てで、上が住居で下が店になってる。

この前面のまっすぐな部分はすべて真鍮板が貼り付けてあって、その上に看板をかけたり装飾をつけたりする。今残ってるものは年代を経てますので、緑青がついて深緑色になってますが、建てた当時はキンキラキンに輝いて非常に目立ったということです。こういう店がずらっと並んだところはさぞ壮観だったでしょうね。

神保町のすずらん通りや渋谷の道玄坂にも2010年当時で二、三軒残ってましたが時代とともにだんだんに取り壊されて新しい建物に変わっていっているので惜しいことです。

あ、惜しいというのは舐めるものが少なくなって惜しいということではありません。

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