心眼~桂文楽



心眼~桂文楽

目が不自由な按摩の梅喜(ばいき)。

家に帰ってきた梅喜に「顔色が悪いがどうしたのか」と女房が聞きますと、「横浜から歩いて帰ってきたので疲れが出たのだろう」と答えます。

しかし、突然こらえきれないように泣き出す梅喜に、どうしたのだと聞く女房。

弟の金公が俺のことを「この不景気にど盲が食いつぶしに来やがった。このど盲!」となじられ、不自由な体ではかなうわけはなし、あてつけに家の軒先で首でくくって死んでやろうかと思ったが、俺が死んだと聞いたら女房のお前が力を落とすだろうと思い直した。

茅場町の薬師様に信心をしようと、知らない道を聞きながら歩いて帰ってきたのだとう言う。

怒る梅喜をなだめて床を敷き、翌日から茅場町の薬師へ通い詰めて二十一日目の満願の日、願いが叶わぬならば私を殺してくれと頼みます。

そこへ近所の上総屋の旦那が通りかかって声をかけますと、梅喜の目が突然開きます。

見るものすべてがめずらしく早く戻って女房を喜ばせてやりたいと、上総屋と梅喜はともに家へと向かいます。

覚書

三遊亭圓朝が盲人だった弟の三遊亭圓丸の体験をもとに作ったと言われる噺です。

圓朝の原作では女房が自分の目がつぶれてもよいから梅喜の目を治してほしいと願をかけ、願いかなって梅喜の目が開きますが女房の目が見えなくなってしまいます。

梅喜と小春が富士下の料亭「釣堀」にしけこんだところに女房が乗り込み、女房が堀に身を投げたところで梅喜の目が覚めるという展開で、どちらにしても後味の良くない結末となっていました。

この文楽の口演は、盲人のせつない気持ちや女房との心情あふれるやりとりが絶品で、文楽以外にこの噺を演れる人はいないと言われた名演です。

ただ、題材が盲人であることや、目が見えるようになったのが夢だったというストーリーでもあり、放送は全くされませんし、文楽以降は研究会でも滅多にかからず、ほぼ絶滅した噺と言ってよいのかもしれません。

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