弱法師・菜刀息子(ながたんむすこ)~桂吉朝



弱法師(よろぼし)~桂吉朝


再生できない方はこちら(dailymotion)
桂吉朝の最後の口演です。

ある商家の息子、旦那から厳しく叱られるところから始まります。

包丁屋に断ち包丁を誂えるよう、息子に注文をさせたのですが、
出来上がってきたのは菜刀(ながたん)。

「おまえは、包丁ひとつまともに注文でけんのか」と厳しく叱責、母親は庇いますが、少し世間を見てこい、「出ていけ」と言い放ちます。

夕飯時になり、母親が息子を呼びますが返事なく、二階を覗きますが、どこへ行ったか姿が見えません。

夜になり、夜が明け・・・

覚書

2005年10月27日に国立文楽劇場で行われた「米朝・吉朝の会」桂吉朝の最後の口演です。

吉朝は既に末期のがんで、普通なら高座に上がれる状態ではなく、
楽屋には医者が待機し、酸素吸入を行いながら45分を語り終えました。
もう一席、「河豚鍋」をやりたいと望んだ吉朝でしたがかなわず、
このわずか12日後の11月8日に亡くなりました。

みごとなものだと思います。
最初は声も弱々しい印象ですが、後半になるにつれて本来の調子が戻り、
巷の売り声、父親母親の心情描写も本当にみごとと言うほかありません。

菜刀(ながたん)とは、菜切り包丁のことで、菜の刀、菜刀(ながたな)を語源として、京、大阪、但馬(兵庫)、和歌山、高松などで広く使われていました。

能楽の弱法師(よろぼし)をもとに、五代目桂小南が創作し、四代目桂米団治が仕上げた噺で、
「菜刀息子」(ながたんむすこ)または弱法師(よろぼし)またはの題で語られます。

噺の中に一切笑いを誘うところもなく、
朝夜の時間の移り変わり、季節の移り変わりをカラスや巷の物売りの声で表現する、
突き放しながら子を思う親の心情の表現などが要求される難しい噺ですので、
吉朝の死後、この噺を語る噺家にお目にかかったことがありません。

このページに、新しい噺家の映像を掲載できることを心待ちにして。。

2016年7月追記
春風亭華柳、桂文我、桂小南が高座にかけているようです。

蛇足ながら、、
物売りの声で季節を感じることも少なくなりました。
噺の中の売り声と天王寺さん(四天王寺)参道の店の呼び声を書き留めておきます。

(春)たぁけ~のこぅ(筍) 蕗やぁ~竹ぁ~けの子ぃ
(夏)よぉ~しぃ(葦)や簾(すだれ)は要りまへんか~い
(夏)金魚ぉ~え 金魚ぉ~ぃ
(秋)蓮やぁ~オガラ 白蒸しの~ぬくぬく~
(秋)さぁ~や豆ぇ~(サヤ豆) 鉄砲豆ッ
(冬)蜜柑どぉじゃい 甘いお蜜柑どうじゃぇ
(年末)おぉ~注連縄 飾り縄ぇぃ
(年始)ななぐさぇぃ 七草ぇぃ
(冬の夜)鍋ぁ~べ焼ぁ~き~うど~ん

おみや(お土産)お買いや~す 豆板お買いや~す
亀山のチョ~ンベはん 亀山のチョ~ンベはん
孫の手どや、孫の手。そぉら、えぇ孫の手や、でや孫の手買わんか?
本家ぇは、竹独楽屋でござぁ~い、ぶぅ~~~~~~~~ん~~。
どなたも休んでおいきやす、どなたも掛けて一服しておいきやす
どなたも休んでいっとくなはれ、どなたも一服しとくれやっしゃ~

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