宇治の柴舟~桂小南



「暮れてゆく春の湊は知らねども霞におつる宇治の柴舟」

宇治の柴舟~桂小南

大阪の材木問屋の若旦那。しばらく臥せっていて床が上がらない。

大勢の医者に来てもらったが見立てがはっきりしない。今日来てもらった医者が薬はいらない、胸に詰まっているものがありそれを聞き出してやらなければ薬も効かないという。

大旦那は、若旦那の小さい頃からの遊び相手で気心の知れた熊五郎に、胸にあるものを聞き出してほしいと頼みます。

熊五郎は、女とことだろうと若旦那に聞くと、井上素山という絵師の描いた掛け軸に描かれた女だと言う。

熊五郎はあきれながらも、外に出て空気のいいところへ行こう。外に出れば絵に似た女に出会うかもしれないと誘い、宇治に養生に行くことにします。

宇治の菊屋という旅館に半月ほど逗留し、薄紙をはがすように快方に向かう若旦那。ある夕方、二階から夕立上がりの景色を見ていた若旦那は、菊屋の表で絵にそっくりな女が伏見までの船がないかと聞いているのを目にします。

若旦那、急いで宿を飛び出し、近くの小舟を漕いで女のところまで来ると「伏見まで帰るので、料金は心付けでよいから乗っていかないか」と声をかけます。

覚書

大山鳴動して何も起こらないという上方落語的な展開ですが、妙なリアルさや若旦那の一途な思いが事件に発展していくくだりが聴きどころ、聴かせどころです。

上方にはめずらしく人情噺のような色合いもあり、女をあきらめて大阪に戻り仕事に精をだして立派な跡継ぎになったというところで、『暮れてゆく春の湊は知らねども霞におつる宇治の柴舟』宇治の柴舟という一席でございます」で終えるものや、

もう少し続けて、大旦那が熊五郎に向かって、「おまえさんがせがれを宇治へ養生に連れて行ってくれたお陰で、うちの将来の大黒柱が見事あのとおり」と言い、熊五郎が「さすがに宇治は茶どころですなぁ、柱が立ちました」とサゲるやりかたもあります。

菊屋旅館は平等院の参道にあり、現在は宇治川の流れを望みながら抹茶や甘味を楽しめる中村藤吉平等院店として営業されています。
また建物を含む一帯は「重要文化的景観」に指定されています。

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