ステテコ誕生~林家正蔵



ステテコ誕生~林家正蔵

「ステテコ踊り」で一世を風靡した明治中期の落語家 初代三遊亭圓遊。
この「ステテコ踊り」の誕生にまつわる話や、当時の噺家たちの様子を語ります。

手ぬぐいを畳んで後ろ鉢巻、着物の裾をグッとはしょってじんじんばしょり(帯の結び目のところへ着物の裾を折り込む)、ダブダフの股引を見せて、

『向こう横町のお稲荷さんへ、一銭あげて、ざっと拝んでお仙の茶屋へ 腰をかけたら渋茶を出して・・』
『人のことなどかまっちゃいけない 自分のことだけせっせとおやり』
『あんよを叩いてしっかりおやりよ、そんなこっちゃ、なかなか真打ちにゃなれない、ステテコ、ステテコ』

覚書

ステテコ踊り、へらへら踊りなどが寄席で大人気、圓遊は落語をする暇もなくステテコだけで一日に三十軒以上の寄席を廻ったと言います。

この踊りが誕生した1880年(明治13年)はコレラが流行して10万人を超える死者が出た翌年で、寄席に来る人も大変に減ってしまった時期でした。

噺家仲間からは邪道だと叩かれたものの、こういう時期にはばかげた歌や踊りが自然発生的に起こってくるもんです。幕末の「ええじゃないか」なんかも世情の不安とともに生まれています。

ともあれ、ステテコのおかげで寄席は満員、これに続けと三遊亭萬橘(初代)の「ヘラヘラ踊り」、立川談志(四代目)の「テケレッツのパー」、橘家圓太郎(四代目)のラッパなどが出てきて、寄席はかつてのにぎわいを取り戻したといいます。

余談ながら、股引(ももひき)のことをステテコと言うようになったのも、「ステテコ踊り」がきっかけ。文化や言葉まで変えてしまった芸に拍手。

1.向う横丁のお稲荷さんへ
一銭あげて ざっと拝んで おせんが茶屋へ
腰を掛けたら 渋茶を出して
渋茶よこよこ 横目で見たらば
米の団子か 土の団子か お団子団子

またまたそんなこちゃ 真打にゃなれぬ
あんよを叩いてしっかり おやりよ
おまはんの足だとおもっちゃいけね
ひとの足だと思ってお叩き

2.さても酒席の大一座
小粋な男子の振りごとや
端唄に大津絵 字余り都々逸
甚句にかっぽれ 賑やかで
芸者に浮かれて 皆さまご愉快
お酌のステテコ 太鼓を叩いて
三味線枕で ゴロニャンゴロニャン

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