お若伊之助~古今亭志ん朝・三遊亭圓生・桂歌丸・古今亭志ん朝



お若も伊之助も悪くないのに・・

お若伊之助~古今亭志ん朝【動画】


日本橋石町で「栄屋」という大きな生薬屋がありました。
この一人娘、名をお若といい、歳は十八 今小町と言われる美人。

お若が流行りの一中節を習いたいと言うので、出入りの鳶頭の初五郎に相談して元武士の菅野伊之助というのが三味線の腕もよく、年は若いが身の固い者だというので紹介してもらいます。

この伊之助も男が見てもはっとするほどいい男。
間違いでも起こらなければいいがと思っているうち、ある日、稽古の日に三味線の音が聞こえない。

胸騒ぎがしたおかみさんがお若の部屋を覗くと、案の定。
初五郎に話をして手切れ金二十五両を渡し、伊之助も納得します。

お若は叔父の長尾一角という侍の家に預けられますが、文人墨客が集まる閑静な根岸でお若は退屈。石町に帰りたい、伊之助に逢いたいと思い詰め、煩いついてしまいます。

そんなある日、垣根の向こうに男の影を見つけてもしやと駆け寄ると伊之助。
それから毎晩伊之助とお若は忍んで逢うようになり、お若は身ごもって叔父にもそれとわかる体型になってきます。

覚書

「根岸お行の松 因果塚の由来」全九篇の第一篇で、お花と伊之助の馴れ初めが語られます。落語として高座にかけられるのは今はこの噺のみです。

時代はこれだけ聴いていると江戸期のように思いますが、圓朝の速記本(と言われている)によると日露戦争に使われた軍艦磐城の記述がありますので話の終わりは明治37年(1904年)頃、発端は二十年遡って明治17年頃がこの話の時代設定になります。

また、この噺ではお若は狸の双子を生みほどなく絶命したとなりますが、本編では男と女の双子を生みます。

《その二》
生まれた双子、男児には伊之吉、女児におよねと名付けてかわいがります。
叔父がこの子をそれぞれ養子に出し、お花には結婚を勧めますがお花は頭を丸めます。

《その三》
お若は叔父の家の近くに庵で尼として暮らしをしていましたが、ここへたまたま来た一中節の門付けが伊之助。再び二人の逢瀬が重なります。

《その四》
庵を訪ねた初五郎に二人の逢瀬を見られた二人は、このままではまた離されてしまうと駆け落ちを決意します。

《その五》
行き先を神奈川と決め、品川までは別々に、品川駅で落ち合ってと段取りを決めますが運悪く品川駅で火事の騒ぎ。追っ手も迫りお若は汽車に飛び乗って神奈川へ。
二人は幸せに暮らし、男の子供ができて岩次と名付けます。

《その六》
所変わって品川の廓 和国楼(わこくろう)。美人と評判の花里花魁のもとに通いつめる伊之吉。花里も伊之吉に心を寄せます。

《その七》
花里に羽振りのよい軍艦乗りが身請けをしたいと申し出ますが、花里は首を縦にふりません。

《その八》
身請け話が勝手に進められ、花里の先輩花魁小主水の手引で伊之助が店の裏に船を着け、花里と手に手を取って楼を抜け出します。

《その九》
お若伊之助の駆け落ちから二十年後。息子岩次も十八歳となり、叔父に不義理の詫びをしよう、初五郎に仲立ちをしてもらおうと谷中の初五郎宅を訪ねます。
お若を見た初五郎は大変驚きお若はこの二十年自分の家で患って家を出たことがないと言いながらも二人を招き入れますと、二人のお若が当然のように伊之助に寄り添って話をしています。

叔父は古い本で読んだ離魂病という病に思い当たります。人が分身する病で、別々の生活ならばそのまま生き続けるがひとところに集まると死んでしまうという。

そこへ和国楼から逃げてきた伊之吉と花里が助けを求めて飛び込んで来る、事情を聞いて花里が大阪へ養子にやったおよねであることがわかり、伊之吉と花里は双子の兄弟と知ってはこの世では一緒になれないと夜のうちに川に身投げ心中。

翌朝、伊之助と駆け落ちをしたお花は消えて病気のお花は亡くなり、伊之助も後を追ってその夜に自害をしてしまいます。

残された息子岩次は仏門に入り、根岸の西蔵院に塚を建てて両親兄姉の供養をします。

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