お初徳兵衛浮名桟橋~古今亭志ん生・五街道雲助



船徳のもとになった人情噺

古今亭志ん生~お初徳兵衛浮名桟橋(馴れ初め)

勘当された徳兵衛は、一生懸命船頭の修行をして今や芸者は競って徳兵衛の船に乗りたいというほどの人気。
ある時、たいへんに美しく男嫌いで有名な芸者「お初」を乗せて船を出しますと、にわかの夕立。

岸も見えないほどの土砂降りとなり、船を近くにもやって雨の止むのを待つことにします。

お初は、徳兵衛に中に入るように言い、二人で酒を呑み出します。
少し酔いが回った様子のお初、実は昔、徳兵衛の姿を見て一目惚れ、
ずっと徳兵衛のことを想っていたのだと告げます。

雨はいよいよ激しく、近づいてきた雷が船の近くにビシッッと落ちます。

覚書

近松門左衛門の「曽根崎心中」をもとに初代の古今亭志ん生が作った人情噺で、半月の興行の間、この噺を続き続きで演っていたと言います。

この「お初徳兵衛浮名桟橋」の徳兵衛が船頭の修行を始めた頃の話をふくらませて初代(実は三代目らしいですが)の三遊亭圓遊が改変したものが「船徳」です。

志ん生の上手さは、この序段の最高に盛り上がるところで、「さぁ、どうしましょうねぇ」と客の緊張を一気に溶かしてしまう独特のとぼけた風情にあります。

サゲは「ここんとこ本が破けてわからねぇ」というものと、「お初徳兵衛浮名桟橋 序段でございます」といものがありますが、当然前者のほうが粋ですよね。

その後のお初と徳兵衛が気になる方のためにもう少し補足をしますと、

お初と徳兵衛のことを知った油屋九兵衛が策をめぐらし、徳兵衛とお初は心中に追い込まれます(中段)

このあたりは、曽根崎心中の中で油屋の九平次が徳兵衛の金をどうしも貸してくれと言い、主人に返さなければならない金を貸してしまって心中へ向かうところを踏襲してるんでしょうね。

しかし、落語では二人とも死に切れずに船頭の親方のもとへ向かいます。

親方が奔走して徳兵衛の勘当が解け、晴れて二人は夫婦になり、末永く仲良く暮らしたということになります。(下段)

五街道雲助~お初徳兵衛浮名桟橋(馴れ初め)


志ん生のものでは、サラっと流されていますが、油屋の九平次が得意先の天満屋とお初を連れて浅草観音にお参りをして吉原へというのを、天満屋が吉原で昼遊びをして夜は柳橋にしようと予定を変えたことから、吉原へ別の芸者を連れて行くのは大変嫌がられる、というので一人船頭一人芸者はご法度とは言いながら、お初は船から上がらず、そのまま徳兵衛に柳橋まで送らせるといういきさつが語られます。

夕立で船を止め、徳兵衛が船の中に入ってからについても、志ん生のものでは、お初が芸者の見習いをしている時に年始の挨拶に来た若旦那を見染めたということになりますが、

雲助のものでは、お初が、徳兵衛の長屋に住み、徳兵衛にちょっかいをかけてばかりいたみすぼらしい子供であったことや、徳兵衛が柳橋で芸者と遊んでいると聞いたお初が、徳兵衛と仲良くなれるならと柳橋の芸者になったこと、男嫌いで通っているのも徳兵衛に操を立ててのことだったなどが語られます。

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