髪結新三~三遊亭圓生



鰹は半分もらったよ

髪結新三(上下)~三遊亭圓生

《髪結新三 上》

みかんの交易で財をなした紀伊国屋文左衛門。二代目になって先代の残した百万両という財産を残らず使ってしまいます。

番頭の庄三郎は傾きかけた紀伊国屋に見切りをつけ、自分で商売をしたいと暇を請い、退職金として千両をもらって白子屋(しろこや)という材木商を興します。
紀伊国屋の得意先をもぎとり、三年経たないうちに蔵を建てるほどになります。

紀伊国屋はほどなく倒産、文左衛門と女房二人は深川にひっそりと暮らしていましたが、文左衛門が亡くなり葬儀の費用もなく庄三郎に用立てを願います。
しかし庄三郎は仮病を使って応対に出ず、わずか三分(七十五銭)の金を渡します。

積善の家に余慶あり、積悪の家に余殃(よおう)有りで、人に不実なことをすれば身に報うもの。
庄三郎は六十を過ぎて中気になって倒れ、商売もうまくいかなくなり、さらに土蔵に泥棒が入って六百両の金を盗まれ身代が傾いてきます。

庄三郎には妻のお常との間に、器量は良いが派手好きな娘お熊と勘当同然の庄之助という放蕩息子があり、持参金目当てにお熊の婿を探して大伝馬町の大店 桑名屋の番頭 又四郎を五百両の持参金を持って婿に入れます。

お熊は手代の忠七と想いを交わしていましたので、四十男の又四郎を嫌って日々鬱々と暮らします。

回り髪(髪結い)の新三は白子屋に出入りをして店の者の髪を直していますが、かねてよりお熊に惚れていて、なんとか自分のものにならないかと思案しています。

お熊の髪を結う時に懐から手紙がのぞいているのを抜き取って忠七への恋文と知ると、忠七を呼び出して手紙を渡し、自分の家に二人でお逃げなさいと勧めます。

夕刻に二人で出てきた忠七とお熊、お熊は駕籠に乗せて先に自分の家へ行かせ、新三を突き飛ばしてあの女は俺の女だ、お前はダシに使っただけだと言って去ってしまいます。

《髪結新三 下》

翌日、白子屋では連れ去られたお熊を取り戻そうと抱え車夫 善八に十両を持たせて新三の家に行きますが埒が明きません。

源七という親分に頼み、源七気が進まないながら新三の家に行きますと、新三は、娘はかねてより私と一緒になりたいと言い、連れてきたのだが家の汚さを見て心変わりしたようで、縄で縛って押入れに転がしてある。

お金はいらないから二三ヶ月暮らさせてほしい。それが過ぎたら、本人の意思で返す、この件だけは目をつぶって帰ってくださいと泣きつきます。

それでも源七「源七が来たのだ。黙って返せ」と言いますと新三は大きな顔をするなと開き直り、源七が怒って匕首を抜こうとするのを善八が必死で押しとどめます。

憤懣やるかたない源七が新三の家を後にしますと、大家の長兵衛が源七を呼び止め、自分の家に招き入れて親分の代わりに三十両で話をつけると引受けます。

覚書

歌舞伎ではこの後、新三は親分 源七のことを腰抜けだと言いふらし、源七が新三を殺して幕となります。

この話のもとになった白子屋政談。お熊が評判の美人であったため江戸中の話題となりました。

白子屋事件とは、お熊の夫又四郎が白子屋の下女きくに剃刀で首や頭を切られたというもので、又四郎はきくを取り押さえて助けを呼び、大事には至りませんでした。

又四郎の実家は白子屋から示談を申し入れされますが夫婦の不仲を知っており、きくの動機も不明であるとして町奉行に訴えます。

調べの結果、お熊は下女のひさに手引をさせて結婚後も忠七と密通、又四郎と離縁をしたいが持参金を返さなければならないので母親の常と相談し、出入りの按摩を騙して又四郎に毒を盛らせ、病死とすれば持参金を返さなくて済むと企みますが失敗。きくに命じて又四郎を襲わせたということが知れます。

奉行大岡越前、庄三郎は妻子の監督不行き届き、騙されたとは言え事件に加担した按摩の横山玄柳の両名を江戸所払いとします。
下手人のきくは死罪、母親の常は遠島、密通の手引をしたひさは町中引廻しの上死罪、そして主犯のお熊は密通と夫の殺害未遂、忠七も密通の罪で町中引廻しの上獄門となります。

引廻しの際にお熊は白無垢に派手な黄八丈の小袖を着ており、江戸の娘達はその後長らく黄八丈を着なかったと伝わります。

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