高田の馬場~古今亭志ん朝・三遊亭金馬



親の仇岩渕伝内 いざ尋常に勝負勝負

高田の馬場~古今亭志ん朝

花見客で賑わう浅草。浅草寺の境内では蟇の油を売る姉弟が口上を述べています。

人だかりの中から一人の老侍が進み出て、二十年前に受けた傷に蟇の油が効くかと尋ねます。

傷を見なければわからないと弟が侍の背中の傷を見せてもらいますと、老侍は昔、福島の家中であった時に下役の木村惣右衛門の妻に不義を働こうとしたが惣右衛門に見咎められて惣右衛門を斬り捨て、追ってきた妻が投げ打ちにした短刀によって受けた傷であると話します。

油売りの姉弟が老侍の名前を聞くと岩淵伝内と名乗ります。
この老侍こそ姉弟の親の仇と姉弟が名乗りを上げ、境内は騒然。

岩淵伝内は、観音の境内を血で汚すわけには恐れ多いと、翌日牛込高田馬場で巳の刻で果たし合いをと約束をして去って行きます。

覚書

三遊亭金馬の十八番で、後に志ん朝が軽快な語り口で好評を得ました。

最初に蟇の油の口上が行われ、老侍が懺悔する内容は圓生作の世話噺操競女学校・お里の伝の筋を踏襲しています。

元禄七年二月十一日、伊予西条藩の藩士 菅野六郎左衛門と村上庄左衛門が口論から高田の馬場で決闘をした史実に脚色を加えて講談や芝居になり、落語に移されました。

高田の馬場~三遊亭金馬

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