道灌~古今亭志ん生・立川談志・三遊亭金馬・橘ノ圓都・柳家小さん【動画】



古今亭志ん生~道灌

隠居の家に来た男が、太田道灌の「山吹の里」の絵に目を止めて、「椎茸の親方みたいに帽子をかぶって虎の皮の股引はいた男の前で、女がおじぎしてる・・」この絵は何の絵です?と聞きます。

太田道灌の「山吹の里」
太田道灌の「山吹の里」 ※クリックで拡大します

ご隠居は、太田道灌が歌道に励んでその名を知られるようになるきっかけとなったこの絵の故事を話します。

春、狩りの途中、突然の雨(村雨)に降られた道灌、近くに見えるあばら家に雨具を借りにきますと、この家の身なり賤しい娘は、顔を赤らめ、山吹をひと枝差し出します。
道灌がどういう意味かと首をひねると、家来が説明をします。

『七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき』(兼明親王・後拾遺和歌集)、

山吹というのは花は咲きますが実がなりません。「実のひとつだに」と「蓑(みの)ひとつだに」をかけ、雨具は一つも無いということでございましょう。

道灌は「余はまだ歌道に暗い」と恥じ、以後和歌に励むようになります。

これを聞いた男は、うちにもよく傘を借りに来る奴がいるのでその歌で断ってやろうと、ご隠居に書いてもらって家に帰りますが、、

覚書

前座話ですが、志ん生、小さん、金馬といった大御所は晩年までよく演じていました。

村雨というのは、断続して急に激しく降る雨のことで季語にもなりませんが、本来は桜の終わった頃から五月入るまでに降る断続的な長雨を村雨、秋にも同じように断続的な長雨がありますが、これを秋の村雨と言います。

金馬は、春雨の次が村雨、五月は五月雨、六月は梅雨、夏は夕立、冬の時雨といって、雨の名前によって季節がわかるようになっていのだと男に説明します。

立川談志~道灌

三遊亭金馬~道灌

橘ノ圓都~道灌

柳家小さん~道灌

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