小判一両~三遊亭圓生



親の形見の一両小判。恩が仇となり

小判一両~三遊亭圓生

笊(ざる)屋の安七には昔、女房子供がありましたが、二人を亡くしたことからやけになり、博打で身をもちくずします。

安七の父は、やけにならず堅気になって商売でもするようにと一両の小判を形見に残して亡くなり、これをきっかけに安七は堅気に戻り、この一両小判は使わずに着物の襟に縫いこんで大切に持っています。

往来で子供が泣いており、大人がその子を殴っているのを目にします。
安七が止めに入って事情を聞くと、男は凧屋でこの子が凧を盗んだのだと言います。

凧屋に凧をあげてくれと言っても商売物なのであげられない。
子供は凧は拾ったものだと言い、返すのは嫌だと言います。

覚書

宇野信夫氏が『耳嚢』(根岸鎮衛 1737-1815)の一遍をもとに、新作歌舞伎として書いた脚本を圓生が譲り受けて仕上げた落語です。

歌舞伎では昭和11年(1936年)に六代目の尾上菊五郎が安七、初代吉右衛門の浅尾で初演され、最近では平成18年(2006年)に七代目菊五郎で公演されています。

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