宋珉の滝~古今亭志ん朝・古今亭志ん生【動画】



古今亭志ん朝~宋珉の滝【動画】


刀剣の付属品などに彫刻を腰元彫りの名人、橫谷宗珉の弟子宗三郎は諸国流浪のはてに紀州は熊野権現前の旅籠、湯浅屋にたどりつきます。

文無しで十日ほど逗留し酒や料理を頼みますがこれが露見して主人の松兵衛は仕事をして返してもらおうと、宗三郎の手を見て、居職で彫金でもやっているのかと問います。

宗三郎は、橫谷宗珉の弟子で、腰元彫りをやっていると言います。
作品を何か持ってるかと問われ、小柄に彫った虎を見せます。

松兵衛は、それを見て、よくできているがなぜ死んだ虎を彫ると聞きます。

これを聞いた宗三郎は、これを死んでいると言ったのは師匠の橫谷宗珉と松兵衛だけだ、勘当もこの虎が原因で、生きた虎が惚れるようになるまでここの敷居は跨がせないと言われたのだと告白します。

宗三郎は松兵衛に、自分の師匠になって、自分の仕事を直してもらいたいと頼みます。

それからさまざまなものを彫り、ようよう松兵衛の目にかなうものができるようになります。

ある日、湯浅屋に逗留した紀州藩の留守居役木村又兵衛を通して、紀州徳川家の殿様から直々に、那智の滝を彫るように依頼がきます。

主人は水垢離でもして身を清めてと言いますが、宗三郎は朝から酒を飲んで、ほろ酔いで仕事をします。

四日ほどかけて仕上げたものは、松兵衛もよくできていると思って城に持参しますが、殿はこのようなものは置けないと沓脱ぎに叩きつけ、もう一度その男に彫らせろと言います。

また四日ほどで仕上げて持っていくと、今度は泉水に投げ込まれ、もう一度彫らせろと言われます。

ではもう一度彫るから酒を、という宗三郎に「酒を飲まなければ恐くて仕事が出来ないのだ」と叱責します。
宗三郎は目が覚めたと言い、滝に打たれて二十一日の間断食をして仕事を始めたいと出かけます。
主人は、自分も熊野権現に通い、断食をして宗三郎の無事を祈ります。

滝から上がった宗三郎、七日七晩かかって彫り上げ、これが収まらなければ腹を切ると言って七兵衛に託します。


覚書

二代目橫谷宗珉の話で、志ん朝以後ほとんど聞かれなくなっています。
抜け雀、竹の水仙、ねずみなどの名人の話は、作ったものや描いたものが動き出したりしますが、
無一文で大酒を飲んで何日も逗留、というのもお決まりの筋立てですね。

古今亭志ん生~宋珉の滝

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