塩原多助一代記~古今亭志ん生・古今亭今輔・三遊亭圓生



『本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原』

塩原多助一代記・青の別れ~古今亭志ん生

塩原太助

上州沼田の塩原角右衛門は、三百石の田地を有する豊かな家で、後添いのお亀と娘のお栄、養子の多助の四人、お栄と多助を夫婦にして何不自由なく暮らしております。

角右衛門が風邪がもとで亡くなり、お亀が角右衛門の寺参りをした帰り道、悪い者に手篭めになろうとしたところを、原丹治という武士が助けます。

お礼をしたいと原丹治を家に招待し、その後毎日のように遊びに来ては酒を呑むようになります。

そのうち原丹治という丹三郎の息子を家に誘い入れ、お亀は丹治と、お栄は丹三郎とそれぞれ深い仲になってきます。

そうなるとお亀は多助を跡取りのようには扱わず、多助も家に帰るのが嫌になり自分が八歳の時から一緒にいる馬の青をひいて外へ出ている。

お亀は邪魔になった多助をいっそ殺してしまおうと丹治をそそのかします。

庚申塚の難

お亀は夕方帰ってきた多助に「今から小麦を積んで往って来ておくれ」といいつけ、丹治は庚申塚に身を潜め、多助の帰りを待ち受けています。

庚申塚の近くに来ると青は自然に主人の危難を悟ったものか、足が進みませんで、段々跡の方へ退ります。

どうしも動かない青に困っていますと、友人の圓次が通りかかって青を引くと歩きだす。多助が引くと動かない。

しょうがないので、多助が圓次の荷物を担ぎ、圓次が青をひいて庚申塚へ。
丹治は圓次を斬って逃げ去ります。

青の別れ

お亀のところへ戻った丹治はうまくやったと言い、初七日までは家に来ないようにと言って丹治を送り出します。

入れ替わって多助が家に戻りましたのでお亀は驚きますが、事情を聞いて人違いで殺したことを知ります。

自分の代わりに圓次が死んだと毎日墓参りに行きますが、お亀は多助に圓次を殺したのはお前だろうと言い出します。

そんな奴とは縁を切る、お栄とも離縁してもらうと言われ粗朶で額を打たれた多助。

忠義者の五八が見かねて中へ割って入り、猛り狂ってお亀を「多助がこの家の主人でお前の方が居候だ」となじります。

青が妙に騒ぎますので五八と多助が見に行きますと、丹治が入ってきてお亀と何やらひそひそ話を始めます。

青の只ならぬ様子に多助は、庚申塚で圓次を殺したのは、丹治が自分と間違えたものに相違ない、この家にいると殺されるかも知れない、

もし命がなければどんなに思ってもこの家の為になる事も出来ない。
八歳の時から住み馴れた村方を立退くのは辛い事ではあるが、ひとまずここを逃げ去って、知らぬ江戸とやらへ参って、どんな辛い奉公でもして金を貯めた上立ち帰り、塩原の家を起さなければ養父角右衞門様に義理が立たないと、これから沼田の下新田を立ち出でるというお話に相成ります。

塩原多助一代記・道連れ小平・戸田の屋敷~古今亭志ん生

道連れ小平

江戸に向かう道中、多助は道連れ小平と継立の仁助に出会い、着物を剥がされて利根川へ蹴落とされてしまいます。

川から上がった多助が散らばっている金をかき集めて、古着屋で襦袢を一枚買い、帯がないから縄を締め、余った銭で木銭宿へ泊って四日後、ようやく江戸表へ着きます。

慶安(口入れ屋)へ行っても請け人がなければ相手にされず、実父のいる戸田の屋敷を訪ねますが、国替えで三百里離れた島原に行った言われます。

もう死ぬより仕方がないと思い、多助が昌平橋から身を投げようと、残った金を橋の欄干に置き、南無阿弥陀仏と唱えて飛び込もうとするところを後ろから抱きとめられます。

事情を話せという男に、多助は請け人もなく働くこともできないと言いますと、付いておいでと男は先に立って歩き出します。

男は神田佐久間町の炭問屋山口屋善右衛門で、そのままそこに奉公することになります。

多助は子に臥し寅に起きて一日の間に隙間もなく大変に良く働きます。

給金を決めようという主人に、命を助けてもらった恩返しに働いているので給金はいらない。履き捨てた草鞋などを拾わせてくれればそれを売った金を貯めておいてほしいと言います。

戸田の屋敷

ある日、炭俵を戸田の家へ届けてくるように言われた多助。

ふと見ると荷札に塩原角右衛門と書かれてある。
御新造に塩原角右衛門はこちらかと聞くとそうだと言う。

思わず「おっかさん」と呼び、八歳の時に別れた多助でございますと名乗ります。

そこへ角右衛門が出できて障子を閉め、多助はもともと新田の百姓角右衛門の所で生まれ、乳が出ないので同名の私のところで預かって八歳の時に帰した。

礼として五十両をもらって借財を返し、江戸に出て戸田家に召し抱えられて三百石の身になれた。これも新田の角右衛門殿のお陰である。

新田の角右衛門殿に手紙を出したら、多助は行方知れず家は潰れた。多助は酒色に狂って家を出たという返事。

多助は江戸へ出てからのことを話し、角右衛門は主人に仕えて金をためて塩原の家を再興しろと言って帰れと言い放ちます。

泣きながら店に戻った多助はそれまでにも増して働き始めます。

山口屋ゆすり(上下)

八右衛門と道連れ小平

下野の吉田八左衛門が体調が悪いからと、悴の八右衛門に神田佐久間町の炭問屋山口屋善右衛門に、掛金八十両を取りに行くように命じます。

証拠となる手紙と脇差しを持って八右衛門は初めて江戸へ来ましたが、宝暦十二年十二月の十五日。深川八幡の年の市で人でごった返しています。

人の少なそうな料理屋に入ってご飯を食べていると出船宿の主人で早川藤助という郷里の知り合いに声をかけられ、一部始終を大声で話してしまいます。

永代橋で藤助と別れ、八右衛門が橋を渡っていますと、後ろから走ってきた男がよろけて八右衛門の肋骨に頭をぶつけます。

男は怪しい奴が後から追っかけて参りまして、貴方のお姿が見えたので追い付こうと思って駈けてまいりましたが、鼻緒が緩み貴方に突当りまして誠に申訳がありません。と言う。

胸が痛むので橋の袂の茶屋に入り、男が勧める薬を飲むと旅の疲れもあって寝入ってしまいます。

目が醒めると体が痺れて満足に喋ることもできない。
男はおらず自分の着物もなく手紙や脇差しも無い。

山口屋ゆすり

山口屋善右衞門に「下野国安蘇郡飛駒村の炭荷主八右衛門と申すものでございます」と男が入ってきます。

父親の具合が悪いので代わりに来た。手紙と脇差しを見せて八十両の掛けを渡してもらいたいと言います。

今夜船で帰りたいと言うので、番頭が八十両を渡そうとした時、手代の多助が「本当の八右衛門さんか確かめないとだめだ」と言います。

番頭は引っ込んでいろと叱りますが、多助は引かず「お前は己を忘れたかい、お前は道連の小平という胡麻の灰だっけなぁ」と言い出します。

ばれては仕方がないと居直る小平。役人に突き出せ。俺の首が斬られたから首だけ飛んできてこの家を根絶やしにしてやると迫ります。

そこへ本物の八右衛門が現れて痺れ薬で利かない体で入り、続いて主人の山口屋善右衞門も帰って二十五両を渡して引き取らせようとしますが、小平は八十両でなければいらないと動きません。

多助は「そう物がわからなくてはしょうがない」と以前小平に身ぐるみはがされ、昌平橋から身を投げようとするところをこの旦那に助けていただいた。この二十五両を持って堅気にならないか。

うちの旦那さまはキセルを持って首をかしげれば何万両という金を手に入れる。

八十両ばかりの金で「さあ殺せさあ突き出せ」のと言っても手の上に乗るのは八十両。お前のような小さな了見の男はないとこんこんと説教すると小平は何もいらないと引き下がります。

これを聞いていた八左衛門はいたく感心し、将来多助が店を出す時には千両の荷を送ると約束します。

四つ目小町

十年が過ぎ、多助は本所相生町に小さな店を出し、粉炭の量り売りをはじめます。

多助の人柄にほれこんだ四つ目の富商藤野屋杢左衛門は、四つ目小町と言われた娘お花を嫁にしたいと、出入りの樽買い岩田屋久八に仲立ちを頼みます。

多助は嫁をもらうなら夫婦共稼ぎでなければならないし、お嬢様は飯も炊けず味噌漉を提げて買物にも行けないだろう。

女中でも一緒に付いて来て朝寝をして、銀の股引を穿いた箸をチャラチャラいわせて飯を食っていては金はすぐなくなってしまう、釣合わぬは不縁の元、身代の為にならないと断ります。

これを聞いた藤野屋は、樽買いの娘なら良いだろうとお花を岩田屋久八の養子にし、山口屋の番頭を仲人にして祝言を上げます。

これから夫婦で一所懸命に働き、二十年後『本所に過ぎたるものが二つあり 津軽大名炭屋塩原』と言われ、津軽十万石越中守さまと並び称せられるだけの成功をし、二十万両という金で実家を再興いたします。

道連の小平と盲人のおかめ母子の事などは、塩原太助後日譚として、追々お聞きに達しますことと致しまして、一先ずここで打ち切りに致します。

覚書

三遊亭円朝作の十五席からなる人情噺で、実在の塩原太助の半生をもとに綿密な取材を行って創作しています。

歌舞伎にもなり、戦前には修身の教科書にも掲載された立身出世物語です。

口演で残っているのは『塩原多助序~青の別れ』『道連れ小平~戸田の屋敷』『山口屋ゆすり』のみでいずれも抜き読みです。

触れられなかったのは、最終話の「四つ目小町」の部分で上記にあらましを書きましたが、上州沼田の塩原家のその後についても触れられていません。

沼田の塩原家では、多助が家を出たあと、お亀が娘のお栄と丹三郎を結婚させようとしたところに、分家の太左衛門が止め、激昂した丹三郎は五八を斬り殺し、太左衛門も斬ろうと表へ出た所で青が噛み付き、様子を見に出たお栄ともども噛み殺してしまいます。

太左衛門の知らせで村の百姓が「お亀と丹治をぶち殺せ」と集まり、二人は四万の山口村へ逃れてここで子供 四萬太郎を生み、乳飲み子をかかえてさらに江戸へ向かいますが、道連れの小平に丹治が殺されます。

お亀は清左衞門という百姓に助けられて夫婦になり三年暮らしますが、清左衞門が亡くなって家を追われ、眼病を患って目が見えなくなり、江戸で乞食をしているところを多助に救われます。

塩原多助一代記・戸田の屋敷~古今亭今輔

塩原多助一代記・青の別れ~三遊亭圓生

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