五光(いがぐり)~桂米朝・桂歌丸【動画】



夜中に苦しみだす娘

五光~桂米朝【動画】

山の中で道に迷ってしまった男、太陽や水の流れを頼りに下ってまいりますが、だんだんと陽が傾いてまいります。

こんな所で夜になると命に関わると急ぎますと、人が踏んだらしい道に出ます。二、三町下ってまいりますと、辻堂に行き当たります。

濡れ縁に、髪は伸び放題、髭も茫々、ぼろぼろの鼠色の衣の坊主が座っており、声をかけますが返事がありません。

座禅を組み、前の松の木を睨んだままの坊主、無言の行かと思い「無言の行であれば申し訳ないが、道に迷ったので里へ出る道を指してもらうだけでも」と言いますと、ギロりと睨んだ形相の恐ろしいこと。

気味の悪い坊主だと思い、歩き出しますとようやく村が見え、灯りのついている家も何軒かあります。

男は大きな家の前で声をかけ、道に迷ってやっとここへたどりついた。一晩泊めていただくわけにはいかないかと頼みます。

主人は最初は取り込みがあるからと断りますが、頼み込んで中に入れてもらいます。
奥の部屋で娘が寝ており、医者に見せてもわからない、もう死ぬのを待つばかりと言います。

布団に入りましたがなかなか寝付けずにおりますと、娘の部屋からうめき声が聞こえます。

娘のほうを覗き込んでみますと、部屋の隅で昼間の坊主がじっと娘を睨みつけています。恐ろしくて体が動かず、布団をかぶって体を小さくしておりますと夜が明け、娘は唸らないようになっており、坊主もいない。

主人は、夜中のをごらんになりましたかと聞き、何の因果であのような魔物が取り憑いたのかわからない、加持祈祷をしようが御札を貼ろうがどうしても離れてくれないのだと言います。

「御主人、ちょっと思いついたことがある」と旅人は主人に告げて辻堂へ走ります。昨日と同じように縁側に座って前の松の木を睨んでいる。

「おまえの一念で今朝方娘は死んでしまった」と言うと、坊主は「あの娘が死にましたか」と体が崩れ、骨と皮だけになってしまいます。

この坊主は、あの娘に惚れていたのだろう、その一念だけで生きていたのかと思った男。そこへ急に雨が降ってきます。

覚書

東京では「いがぐり」の題で、明治後期から戦前にかけて活躍した三代目の三遊亭圓馬がサゲも変えて演じ、以降途絶えていたのを桂歌丸が復活させています。

いがぐり~桂歌丸


「いがぐり」では、いが栗頭の坊主が死んだ後、旅人が娘の家に帰って来ると、娘は起き上がってお腹がすいたと言い、村に降りて旅人と夫婦になります。

婚礼が終わって一息ついていると、天井裏で鼠ががさがさと動き回り、鼠よけのいが栗が花嫁の頭に落ち、「しつこい坊主だ。まだいが栗が祟ってやがる」でサゲになります。

こちらのほうがずっと良いですね。

余談ながら、三代目 三遊亭圓馬は大阪出身ながら東京で古典落語を中心としながら上方落語を東京に合うように改変して持ち込んで好評を得ました。大阪弁、京都弁、江戸弁を巧みに使いこなしたといいます。

黒門町 桂文楽を育てたことでも知られ、文楽は「舐めろと言われれば、師匠のゲロでも舐めたでしょう」と心酔していました。

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