三年酒~桂米朝



神道で葬式を出したいと檀那寺へ

三年酒~桂米朝

昔、寺が戸籍を預かり、出生や除籍を行っていた頃。
お寺を怒らせるとこの世話をしてくれるものがいなくなるので、お寺には逆らえなかったようで。

喜六を探し回っていた清八。兄弟分の又一が死んだ。一緒に悔やみに行こうと誘いますが、喜六は人が真面目な顔してあんなこと言うてると思ったらおかしくて笑ってしまうと言います。

笑ったらだめだと言いながら又一の家へ行きますと、女房のおとわが池田の叔父さんのところへ行ってベロベロに酔って帰り、「こんなに旨い酒は生まれて初めて呑んだ」とそのまま寝て今朝になったら息が止まっていたのだと言います。

清八は、人間が死ぬという時には何日か前に思わず知らず、遺言だと分からずに何か言ったりするものだが心当たりはないかと聞きます。

おとわは、そう言えば茨住吉の田中左弁太夫という神道の先生のもとに通い「わしが死んだら神道で葬式出してくれ」とよく言っていた。

それならば神道で葬式を出してやろうということになりますが、又一の檀那寺は下寺町の菟念寺(ずくねんじ)で和尚は偏屈。和尚にそんなことを言ったら怒るだろう。

お上への届けは、お寺の世話にならなければできない、お上への届けは寺から、葬式だけ神道というわけにいかないかと相談しまして「おねおねの佐助」「高慢の幸助」「小突の源公」の三人が菟念寺に向かいます。

覚書

米朝以後は桂文我、桂宗助が持ちネタにしています。
登場人物が多く、演じ分けが難しい噺でもありますので、なかなか演り手が出てこないようです。

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