三井の大黒~三遊亭圓生・桂三木助・柳家三之助



名工左甚五郎 江戸へと出かけます

左甚五郎(三井の大黒)~三遊亭圓生

名工の左甚五郎が江戸へ出てきまして、日本橋から今川橋へ。
金槌や鋸の音をききつけて中を覗いてみますと大工五六人が棟梁と話をしながら仕事をしています。

「こりゃ手切り釘こぼしの下手くそ揃い。手を切って釘をこぼすというやつだ」と言ったのが大工に聞こえて袋だたきに合います。

棟梁の政五郎が間に入って止め「怪我がなかったか?」「おぉ痛い。仕事はまずいが力は荒い」とまた憎まれ口。

江戸は気が荒い、殺されちまうぞと言いながら、上方の番匠(大工)だと聞きますと政五郎はこれも何かの縁、落ち着くところがないのなら家へ来ないかと誘います。

住まいはどこだと聞かれて伏見と答えますと、政五郎は伏見と言えばよく名工の出るところ、甚五郎という名人には一度会ってみたいもんだと話します。名前を聞かれますが、甚五郎と名乗るわけにもいかず、箱根で汗をかいた時に忘れたと答え、そちらで呼びいいように呼んで下さい。
見たところヌーとしてポーとしているからと、ぬーぽうという名前をつけられます。

次の日から政五郎の手伝いをしますが、手は見事なのに建主から苦情が来ると政五郎。江戸では仕事は手は抜いても早くないといけない、お前さんは江戸には合わないから春になったら伏見へ帰ったほうがいい。
これから市が立つので、恵比寿大黒など彫り物などを彫って売ったらいい小遣いになる。やってみないかと言い、甚五郎これを引き受けます。

実は甚五郎、伏見にいた時に三井越後屋から大黒の彫刻を依頼されており、その仕事のために江戸へ来ていました。甚五郎、のんきなもので恵比寿大黒と聞いてこの依頼を思い出し、二階を借りて彫刻を始めます。

覚書

日光東照宮の「眠り猫」、上野東照宮唐門の「昇り龍」「降り龍」、知恩院の鶯張りの長廊下や「忘れ傘」などでも有名な左甚五郎の東京譚です。

落語では「ねずみ」「竹の水仙」「四つ目屋」「叩き蟹」なども左甚五郎の逸話が取り上げられています。

三井の大黒~桂三木助

三井の大黒~柳家三之助

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